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無伴奏ソナタ2018 ブログトップ
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相部屋は楽しい。山﨑 [無伴奏ソナタ2018]

どうもお久しぶりです。山﨑雄也です。
美味しいものを食べ過ぎて胃がびっくりしている山﨑雄也です。

本日から宿を移動して多田さんと相部屋になりました。
ですが、お隣の部屋と繋げられることに気付き。達也さん、筒井さん、多田さん、そして僕の4人部屋になりした。
夜は長そうです(*^◯^*)(*^◯^*)(*^◯^*)

それでは今回のブログリレーのテーマ
「青春の一曲」

多田さんとすこし被るのですが、僕が高校生の時に友だちが叶わぬ恋をしていました。
ある時にガストで2人でご飯を食べまでいました。その時にこの曲を聴いてくれよと。
それは、
HYさんの「Song For」

その歌詞がその友達の境遇と重なってしまい、人目もはばからず泣いてしまいました。
そうしたら、
「お前何泣いてんだよ!!!」
と友達も泣いていました。
今思い返すとすごく恥ずかしいですが青春だったなーと頬が緩んでしまいます。

今でもその友達は公演を観にきてくれてずっと仲良くしてくれる数少ない仲間です。

それではまた!
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2018-06-13 21:25  nice!(1)  コメント(0) 

おじさんの十八番(岡田達也) [無伴奏ソナタ2018]

ども、おじさんの岡田達也です。


今回のテーマは『私の十八番(おはこ)』らしい。
『十八番』とは「その人の最も得意とすること」。
で、今回は音楽に引っ掛けているわけだから、要はあなたが歌うときの十八番は何?て話だ。

僕は歌は嫌いじゃないが、まったくもって上手くない。
いたって人並みだと思う。
そんな人間だが、歌うことは好きだった。

僕がカラオケボックスの存在を初めて知ったのは大学4年のとき。
JRの貨物コンテナを改造したものだった。
今にして思えば実に不思議な作りだった。

それ以前は歌うといえばスナック。
歌える場はそこしかなかったのだ。

僕の行きつけは、鳥取末広温泉町にあった『盗賊の館(とうぞくのやかた)』というお店だった。
あのお店で僕の肝臓とカラオケは鍛えられた。

80年台の中盤から後半
僕たちが歌っていたのは
王道のサザンオールスターズだったり
女の子にモテたけりゃチェッカーズだったり
やっぱりオフコースだったり
アイドル全盛期だったのでマッチや少年隊だったり
(どういうわけかトシちゃんは歌われなかった)
英語をかじれば『ウイ・アー・ザ・ワールド』だったりした。
(世代的に理解してもらえるの人もいるのでは?)

もちろん僕も、そのあたりは一通り歌った。

で。
一番歌ったのは文句なく尾崎豊だった。

僕は好きだったが、周囲には「説教臭い」と嫌う輩も多かった。
(ちなみに説教臭いと言われていたのは、尾崎豊、渡辺美里、ハウンド・ドッグ)

それでも僕は歌った。
親友の淳ちゃんと一緒に。

『I Love You』も
『17歳の地図』も
『卒業』も
『ダンスホール』も
『シェリー』も
『路上のルール』も
片っ端から歌った。


あれから30数年
三度のポリープ除去手術を受けた僕は
「カラオケは控えなさい」
という担当医の指示によってカラオケに行かなくなった。

だが、今でも年に一度くらいは酔った勢いで歌いに行く。
マイクを握って離さないなんてことはないが、それでも尾崎を必ず一曲だけ歌う。

やっぱり
一番多感で、敏感で、何もかもが面白くて、
そのくせ無責任に生きていたときに歌っていた曲だから、
歌自体に対する思い入れと言うより、その時代を懐かしむ意味も込めて歌ってしまう。


ま、十八番って言うより、必須な曲というのが正しいかも。

 *

『無伴奏ソナタ』
今は塩尻にいる。

毎日、高校生たちに囲まれている。
今の高校生ってカラオケは何を歌うのだろう?

いや
僕が聞いてもアーティスト名すらわからないんだろうな。

……だれがおじさんやねん


では、また。


2018-06-04 06:55  nice!(1)  コメント(0) 

畑中さんとの2ショット。山﨑 [無伴奏ソナタ2018]

こんばんは。山﨑雄也です。
無伴奏ソナタの東京公演も早いもので残すところあと2日になってしまいました。
当日券の売れ行きも好調なようで本当に皆様に愛されている作品なのだと思うとともに、その作品に関わることができて本当に幸せだなと感じます。

この作品には1人の天才が出て来ます。
僕は自分を天才だなと思うことは全くありませんが、彼にすごく感情移入をしてしまう。強いて挙げれば自宅のゴミ箱にゴミを投げ入れて成功した時に思うくらいです。

でも、自分の魅力って結構わからないものじゃないですか?
こんな所を素敵に思ってくれてるんだ。びっくり!とか。え?そんな所自分では魅力だと思ってないよ!!!みたいな。
それが天才とかの話と直結するわけでは無いんですけどこの作品をやっていてふと考えたりするんです。
僕には何が適しているんだろう。
果たして今やっている事は僕に適しているのか。
人から良い事も悪い事も言われて自分がどんな存在なのか再確認する。

それでも結局適しているかどうかじゃなくて今何をやりたいのか。って考えで動いてるんですよね。
それがきっと自分の幸せなんだって。

そんなことを考えながら本日も行ってまいります!

写真は初演再演に僕が今回演じている役を演じていた畑中さんと。

修正後
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修正前
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2018-05-19 09:29  nice!(1)  コメント(0) 

人生は思い通りにいかないものです(岡田達也) [無伴奏ソナタ2018]


ども、岡田達也です。


今回のお題は『無伴奏ソナタ』にちなんで「初めて買ったCD」。

……ん?
……CD?

僕が初めて買ったのはレコードなんですけど
参加資格は無いですか?
レコードでも良いですか?
許してもらえますか?

 *

僕には2才歳上のしんちゃん(♂)と
4才歳上のちあきちゃん(♀)という従姉妹がいる。

今から42年前。
僕が小学校3年生のとき。
しんちゃんは小学5年生
ちあきちゃんは中学1年生。

僕たちはフィンガー5に夢中だった。
「3人でフィンガー5をやろう!」
それは自然な流れだった。

多くの子供たちがキャンディーズのマネをしたように
あるいはピンクレディーのマネをしたように
売れているグループをコピーするのは当然のことだった。

「まずはレコードを買おう!」

そう言い出したのは、しんちゃんだったか、ちあきちゃんだったか?
少なくとも8才の僕じゃない。
当時、シングルレコードは600円だった。

「じゃぁ、一人200円ずつね」

僕は親に小遣いをねだり、200円を渡した。

僕は『学園天国』が欲しかった。
絶対に、絶対に『学園天国』を買うつもりだった。

「『学園天国』だよね?」

僕は何度も念を押した。
しんちゃんとちあきちゃんは何故かヒソヒソ話をしていた。
その姿を見てイヤな予感はしていた。

レコード屋から戻ってきたしんちゃんとちあきちゃんが手にしていたのは『恋のアメリカン・フットボール』だった。

やられた……
子供だと思ってバカにしやがって……


これが最初に買ったレコードということになるだろうか?

「人生は思い通りにいかないんだ」ということを思い知らされた一枚である。




 *

『無伴奏ソナタ』
思い通りにいかない人たちがたくさん出てくる。
それがまた愛おしかったりする。

いよいよ劇場入りです。
見届けてやってください。


では、また。


2018-05-13 09:31  nice!(1)  コメント(0) 

忘れちゃいけません(生田) [無伴奏ソナタ2018]


おはようございます!
ブログ担当は新人の生田です!

さて。
ブログお題の『初めて買ったCD』は、

Aqua Timezのアルバム
『The BEST of Aqua Timez』です。

昔、音楽には興味がありませんでした。あんまりお家で歌う文化がなかったんですよ。
でもお年頃になって、
友だちと好きなミュージシャンの話になって、
「あ、好きなミュージシャンはいた方がいいのかな」って思って探したんです。
歌詞検索サイトのあ行から。
探してすぐに出会ったのがAqua Timezでした。雑な探し方でしたが、出会ってよかったなーと思います。
そんなAqua Timez、年内解散ですね。新しいスタートだからと思う反面、やっぱり少し寂しいです。初めての人たちだから余計に。

Aqua Timezに出会うまで本当に音楽を聴かなかったなー。何でだろうって考えたんですけど、私の父が歌わない人だったからかもしれません。紅白だけは見たがってた記憶があります。母も兄も私も知ってる曲が流れたら一緒に歌ってしまうんですが、父はひたすら聞くだけ。思い返せば鼻歌ですら聞いたことがありません。行事の国歌斉唱も口すら動かしてなかった気がします。

もしかしたら、
歌う事を禁じられたのかな。
彼はかつてメイカーだったのかしら。

と最近思ったんです。
そんな事を思うくらい、
無伴奏ソナタで頭がいっぱいです。

さあ、無理やり話は繋がりましたでしょうか。
このまま繋げていきましょう!
無伴奏ソナタ
3回目の通し稽古が終わりました!

音楽の天才が音楽を禁じられたら?
やっぱり凄い話やなあーとしみじみ。

素晴らしい作品に関われて有難いと思う反面、辛いことが1つ。お芝居に魅入った日には自分のやるべき事を忘れちゃうと言う事です。

もう、これが本当に辛くて!

先輩方がいいお芝居をなさるからー。
と言い訳をさせて頂きたいです。
(↑いや、仕事しろ)。


パフォーマンスの曲中に後ろで雑用があったとしましょう。曲がかかるまでは覚えています。何なら10秒くらい前までは頭にあるのに。でも「あー。すげーな先輩方。ゾワっとする!あ!石橋さん!多田さーーん!」ってなってるうちに曲が終わってしまってるんです。

びっくりです。

そこで、あ、芝居に見惚れてちゃいかんと戒めるんです。冷静に、仕事やぞと。
でも。お芝居の声を聞いてると表情を見たくなるんです。それでチラ見しようものなら、その表情から目を離せなくなるんです。そしたら、いつの間にか芝居が終わってるんです。

びっくりアゲインです。

、、、仕事しろって体育館裏に呼び出しをくらいそうなのでこの辺でやめておきましょう。

きちんと仕事します。
なので、どうか私の分まで前から楽しんで下さい。何回見ても飽きない。見れば見る程、心がぎゅっと掴まれております。

今日は最後の稽古です!
楽しみです(*^^*)


2018-05-12 09:41  nice!(1)  コメント(0) 

あの頃の子供がほぼほぼ持ってたレコードです。 もも [無伴奏ソナタ2018]

パフォーマンスの稽古に勤しみ過ぎて、芝居の稽古が疎かだ。

初演、再演でわかってただろうにワタワタです。
ども、ワタワタワタクシ、「ももこ」 こと 岡田さつきです。
今週で仕上げなければなりません。
でもなんか心残りができそうな芝居の稽古時間。
初演も再演もそうだったのに注意喚起を怠りました。
とにかく、今週は芝居強化週間です。初通しやりましたけど、まだまだです。
で、初めて買ったーーーそう、私はレコード世代ですからねーーー
「およげたいやきくん」です。あの頃の子供がほぼほぼ持ってたんじゃないですかね?
バレエの発表会で上手に踊れたら買ってくれると言うので頑張りました。
ただ、審査員は身内だし、何をもってして上手なのかは定かでないので
約束した時点でゲット確実でした。
しかし、私はその時、既にかなりのレコード持ちでした。
「日本童謡全集」みたいなの30巻とか持ってまして
そりゃもう、未来は歌手だね?の勢いで毎日聴き、毎日歌い、
既にレコードには不自由してませんでした。
永らくキャラメルに接してくださる方ならどこかでお読みになったかもしれませんが
私は4、5歳の頃から小2になるまで、両親、弟と離れて母方のおばちゃんとおばあちゃんに
育てられました。それは、私がお友達の多かった東京に帰りたい病になったからです。
小倉の幼稚園は親のお迎えの都合で住んでる団地より遠いとこにあり、
休日に遊ぶお友達がいなくて、いつも弟と二人で公園で遊んで紙芝居屋さんを待ちました。
団地ですから、他の子は皆同じ幼稚園に通っている顔馴染みなのです。
そのうち私は朝になるとお腹が痛くなり、親も青ざめるほどの便秘になり、
小倉での思い出ーーー母親がお尻に坐薬を入れようとするのを泣いて拒絶するーー
ええ、痛かったんです、当時の坐薬ーーそんなのが鮮明に残ってます。
で、お医者さんに行ったらきっぱり「東京に帰りたい病です」と言われたそうです(^_^;)。

私達が引っ越した後の東京の団地に母の姉のおばちゃんが入居していて、おばあちゃんが
腎臓病で結婚できないおばちゃんに(そういう時代だったんです)子育てをさせてあげたら?
ということで、両家の思惑は合致し、私はマンマと騙され東京に帰ってきました。
私は母と弟とおばちゃんの家で暮らす、と聞いて帰ってきたんです。
4歳の子供は母さえ居ればOKなんすよ、お父さん( ;∀;)。
一週間後、遊んで帰ったらママは小倉へ帰ったよ、と言われました。
ベランダにしがみついてずぅぅーと「ままぁぁぁあぁー」と泣き続けました。
でも、子供なので日々のお友達との交流ですっかり馴染みました。
後々、おばちゃんに「あんたが泣いて叫んでた時、もぉ自分が悪人みたいでおっぱいが痛かった」と言われ、そりゃ申し訳なかったなぁと思いました。
だって、子供だから一瞬悲しいけど取捨選択が単純で、希望のある方へすぐさまベットするんですよ。大人ほどにいろいろは考えないーーー考えてたとしても大雑把なんです、物を知りませんもん、大人より。自分にできることの範囲もわかってた気がします。
今よりずっと。
そんな私に小倉からレコード全集や日本、世界童話集が季節ごと送られてきました。
なので私は5歳でひらがなや簡単な漢字は読める子になってましたし、英語の歌も入っていたのでそれなりにに歌ってました。それは、当時ではハイソな感じです。
ウィンウィンの私の東京帰りのようですが、実はおばあちゃんは私を養子に欲しかったのです。
農地改革で土地は失いましたが、おばあちゃんとしては自分の代で家名を絶えさせるのが
ご先祖様に申し訳なかったのでしょう。
妹が生まれた時に母も「うちには男女一人づついるし、さつきが東京に馴染んでるなら
それが一番いいのかもしれない」と思ったようで、そのまま進んでいれば
今、キャラメルに「岡田」は二人いませんでしたよ(^_^;)。

納得しなかったのが父で、小倉での仕事を全部捨てて慌てて東京に帰ってきました。

おばちゃんとおばあちゃんにとても大切なことをたくさん教わりましたけど、
その後も父と何度も衝突してました。
まさか自分の養子話が元だとは知りません。
ずっとずっと後です。いろいろ知るのは。父が亡くなってから。

あのレコード全集も童話全集も全部、父が「さつきに送ってやれ」と買ったものでした。
慌てて帰ってきたから住むとこなくて、腹立たしいのにおばちゃん、おばあちゃんの家に
一ヶ月一緒に住み、でも、私にはそんな素振り一つ見せませんでした。
その頃に買ってもらったのが「およげたいやきくん」です。

パパ!!! 愛が遠回りだよっ!!! と思います。言えよ、喧嘩したあの高校生の時に! あの朝帰りした時に!  

「およげたいやきくん」から当時の
父の想いとか他の大人たちの切実がわぁんわぁんと響いてちょっと泣いちゃった(。>﹏<。)
私はパパの大切な娘だった。
私自身が大切にしなければいけない私です。
背筋を伸ばしてしゃんと歩いて行こうと思うのです。
まずは本日、衣装付きの通しでちゃんとお着替えできますようにーーーと作戦会議です。
 
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2018-05-10 13:38  nice!(1)  コメント(0) 

ボブディランよりホフディラン(オレノ) [無伴奏ソナタ2018]

ご無沙汰しております。オレノグラフィティです。

「無伴奏ソナタ」早いもので、いよいよ来週初日を迎えようとしております。

初演、再演を観させて貰ってる時はただただ楽しく拝見していたのですが。

いざ自分がやる側になると、こんなにもたくさんの要素があるのかと驚き、日々テンテコ舞いです。


白鳥は 優雅に見えて 水面下 死に物狂い バタ足マダム


という例のやつですね。

初演時のキャストの皆様に改めてリスペクトを感じております。

とは言え、新たに集まった今回の座組みの皆様と新しい「無伴奏ソナタ」を作りあげていくのは非常に楽しく。

2018年版の「無伴奏ソナタ」を皆様のもとにお届けできる日を心待ちにしつつ、日々ラストスパートに勤しんでおる次第であります。


さて今回のお題は、「初めて買ったCDレコード」ということなので、遠い遠い記憶を掘り起こしました。

多分ポケットビスケッツの「YELLOW YELLOW HAPPY」だったんじゃないかなあ・・・。

CD発売時にオリコンチャート何位以内に入らなければ解散みたいな企画があり、「解散なんてヒドイ!」と小学生の自分は憤って踊らされて、CDを初めて買ったような気がします。

時は「ASAYAN」「TKプロデュース」全盛期。

「CDTV」を欠かさず見て、石川さんと知らずにアビー君の声を聞いていました。

いい時代だったなあ。。。


ちなみに初めて借りたCDは嘉門達夫師匠の「バルセロナ」だったと記憶しております。

僕の作詞・作曲のルーツです。


というわけで、5月16日、東京サンシャイン劇場を皮切りに「無伴奏ソナタ」開幕いたします。

各地の皆様にお会いできるのが本当に楽しみです!

J-POP大好き人間だったもんで英語歌詞の曲に苦労している僕ですが、生暖かい目で見守りに来ていただけると嬉しいです。

アコギ片手に吉田拓郎気分、いやだめだ。

ボブディラン気分でお待ちしております!


写真は大好き大先輩、石橋徹郎さんのお誕生日!

ハピバースディー!

石橋さんのようにカッコよく歳を重ねたいと密かに思っております。

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2018-05-07 13:24  nice!(1)  コメント(0) 

600族ならマルスケカイリュー山﨑 [無伴奏ソナタ2018]

二周目が回って来ました。東京都出身。好きな食べ物は、焼肉。嫌いな食べ物は、ネギ。ヤマザキユウヤでございます。

二周目のお題は「初めて買ったCDレコード」

多分初めて買ったCDは「ポケモン言えるかな」だったと思います。
その頃巷では空前のポケモンブームで、この歌は歌詞が全て初代ポケモンに出てくるポケモンの名前で作られているという少し変わった歌で、これを歌える=ポケモンを全て覚えているという画期的なものでその頃の男の子のほとんどは覚えようと試みたはずです!

しかし、僕は最初の一節で断念してしまい全て覚えることは出来ず…それが僕の記憶する最初の諦めだったと思います…まあもっと前にしてたかもしれませんが…。

今でもその覚えた最初の一節だけは歌えるので子供の頃の記憶はすごいんだなーとしみじみ思う次第であります。ピカチュウ、カイリュー、ヤドラン、ピジョン…
成長した後もポケモンのゲームはやり続け、600族や6V、努力値の割り振り510、252止めなど幼少期とは比べものにならいい知識を持ってポケモンをやっていたことも話したいですがそれはまた別の時に。

無伴奏ソナタの稽古は今までの公演の中でもズバ抜けて自分の力の無さ、ゲストの石橋さん、オレノさん含めて先輩たちの素晴らしさ、自分との差に愕然と毎日しております。
稽古も残りわずか。1つでもお客さんに楽しんでいただけるように、大事に大事に稽古しています。
それでは今日も行って来ます。
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2018-05-04 09:58  nice!(0)  コメント(0) 

こんなおじさんにも青春時代があったんですよ(岡田達也) [無伴奏ソナタ2018]

ども、岡田達也です。

今回のお題は『無伴奏ソナタ』にちなんで「思い出の一曲」。
今はそんなに音楽を聞かなくなってしまったけど、僕だって若い頃は人並みに聴いていた。
だから思い出の詰まった曲はけっこうあったりする。

あれにしようか
これにしようか
悩んだ挙げ句、ちょっぴり恥ずかしい青春時代の一曲を。

 *

僕は1968年生まれ。
当然iPod世代でも、CD世代でもない。
もちろんレコードだ。

レコードにはA面、B面がある。
アルバムの場合、片面に5~6曲が収録されていた。

好きなアーティストのアルバムを購入して聴く。
「A1はやっぱりこの曲か!」
「A3からの4の流れが好きだなぁ」
「B1にこれを持ってくるんだ」
「なるほど、オーラスはこの曲で締めるのね」

A面の何曲目が何なのか?
B面の何曲目が何なのか?
この、曲の配置ってのが、とても大切だった。

 *

大学時代、付き合っている彼女がいた。
彼女は僕の一つ歳下。
英語と音楽が大好きな彼女だった。
何しろ小学校5年生のときに『エルヴィス・コステロ』を聴いて衝撃を受けたというのだから、そのおマセ振りは半端ない。
彼女の将来の夢は「FM局のアナウンサーになって、自分の音楽番組を持ちたい」だった。
当時、開局したばかりの『FM802』でアルバイトを始めるなど、ちゃんと自分の行く先を見据えて行動していた。

一方。
僕はと言えば……
21歳にもなってやりたいことが見つからずフワフワしていた。
(50歳になった今でもそれは変わらないけど)

だから、大好きな彼女だったけど、心の片隅でちょっぴり嫉妬していた。
「どうしてその年齢で、自分の足元をしっかりと見つめられるのか?」

 *

4年生になった夏、卒業したら東京に行くことを彼女に伝えた。
遠距離恋愛になる。
オマケに彼女は卒業後、いろんなFM局を受けると言っている。
東京に来られる確率なんてどれほどのものかわからない。
そんなこともあって、なんとなく、このお付き合いは続かないような気がしていた。

卒業を間近に控えたある日。
彼女は一本のカセットテープを僕にくれた。
背表紙に手書きで書かれたタイトルは『goody goody Melodey's』。
彼女のオリジナルセレクトで10曲入り。
特にUK好きだった彼女らしく、ネオアコを中心にギター・ポップな曲ばかりがセレクトされていた。
どれもこれもステキな曲だった。

僕は一人で聴きながら「彼女は、どんなことを考えながら、この曲順にしてくれたんだろう?」なんてことを考えた。

そしたらちょっぴり泣けてきた。

 *

そのカセットのA1にセレクトされていた曲。

Trashcan Sinatras
『Obscurity Knocks』



 *

卒業して半年くらいは連絡を取り合っていた。
でも、やっぱり続かなかった。

彼女は卒業して『FM愛媛』のアナウンサーになったと共通の友人から聞いた。
僕は配送の仕事でトラックを運転していた。
運転しながら、彼女からもらったカセットをずっと聴いていた。

その半年後、僕はキャラメルボックスに入団した。

自分の夢を叶えた彼女。
自分のやりたいことが見つからず流されるように生きてきた僕。

あのときが間違いなく人生の分岐点で、
今の選択が正しかったのかどうかなんて僕自身にもわかならいけど、
そんなときに触れた曲だから、
30年経った今でも色褪せること無く残ってる。

 *

『無伴奏ソナタ』には『シュガーの唄』という劇中歌がある。
その曲がみなさんの思い出の一曲になると嬉しいです。


お待ちしています。


では、また。


2018-05-01 08:59  nice!(1)  コメント(0) 

どうもどうもどうも。山﨑 [無伴奏ソナタ2018]

3回目となる無伴奏ソナタにまさか参加できるとは…本当に嬉しいです…。

頑張ります。。。!!


思い出の一曲と言われても特に素敵な思い出は思い出せなかったのですが、小さい頃に教訓とした出来事なら覚えてます。


僕が幼稚園生の時に母が車を運転するときはいつも槇原敬之さんの曲が流れて居ました。

槇原敬之さんは兄も好きでそんなに素敵な曲なのかーと子供ながらに思ったのですが、人生経験が少ないからなのか僕にはまだその良さが分からずただただ聞いていました。

ある日母と2人で車に乗っていた時にその日も槇原敬之さんが流れていて丁度「うん」という題名の曲でした。

その時僕は母に槇原敬之さんのどんなところが好きなんだろう!その良さも聞いたら僕も好きになれるかもしれない!と思い立ち母に質問をぶつけました。


「槇原敬之のどこが良いの?」



どんな、答えが返ってくるのか!ひょっとしたら好きになったきっかけとかも話してくれるかもしれない!そんなことを思いながらワクワクして答えを待っていると、なんと…


母が激昂したのです。


ものすごく不機嫌に車を運転し始めました。


「槇原敬之のどこが良いの?」


僕の聞き方がきっと悪かったのでしょう…きっとバカにされたように感じたのでしょう…

申し訳ないなという気持ちとともに。

ですが、子供にそこまでキレるか!?

そんなにダメなことを言ったのか!?

楽しい会話をしようとしたのにそれはないだろう!!!

と…しばらく落ち込みながらその時に心に決めたのです。


人に悪意のない質問をするときは、ポジティブな気持ちで聞こう。一度考えてから質問をしようと。

なので、槇原敬之さんを聞くたびにたまにこの出来事を思い出し結局母や兄のように槇原敬之さんを好きにならず今に至りました…。

なので僕の思い出の一曲は槇原敬之さんの「うん」です。

ですが、決して嫌いではないですからね!!


皆様も質問をする時には十分に気をつけてださい。特にその人の好きなものを質問するときは特に… 笑


今日は雲1つない快晴!熱中症に注意してくださいね!では今日も行ってきます!image.jpg


2018-04-21 15:45  nice!(1)  コメント(0) 

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